
フランス革命(1789–1799)は、自由や平等といった理念を掲げ、旧体制(アンシャン・レジーム)を打破した重要な出来事です。しかし、一方で「失敗した」と評価される側面も多くあります。その理由をいくつか挙げてみましょう。
フランス革命が目指した民主主義や平等の理想は、ジャコバン派による恐怖政治(1793–1794)によって一時的に後退しました。この時期には、革命の名の下に多数の反革命派や無実の人々がギロチンで処刑され、恐怖と混乱が社会を支配しました。革命が生んだ新たな秩序が暴力に依存したことは、理想と現実の矛盾を際立たせました。
ジャンヌとヴィルジニーの救出
1888年、ジョハン・ネポムク・シェーンベルクによる挿絵。フランス革命中の恐怖政治時期、虐殺から救われた二人の女性の物語を描く。この時期はフランス革命後の政治的混乱と暴力が極まった時代である。
(出典:Creative Commons Public Domainより)
革命後、フランスは複数の政体を経る中で混乱が続きました。立憲君主制、共和制、総裁政府と政体が目まぐるしく変わり、安定した統治が行えませんでした。特に、総裁政府(1795–1799)は汚職や経済危機が蔓延し、国民からの信頼を失いました。この政治の不安定さは、革命が理想的な政府を確立することに失敗したと考えられる一因です。
1799年のブリュメール18日のクーデターでナポレオン・ボナパルトが実権を掌握し、革命は事実上終結しました。その後、ナポレオンは皇帝となり、再び中央集権的な統治が行われました。これは、革命が目指した自由や平等の理念が部分的に後退し、旧体制に逆戻りしたとの批判を招きました。
革命は封建制度を廃止しましたが、貧困や社会的不平等の根本的な解決には至りませんでした。中産階級や一部の農民は利益を得た一方で、労働者や貧困層の生活は大きく改善されなかったため、理想的な「平等」を実現できたとは言い難い状況でした。
フランス革命は、人類史において重要な理念を生み出しましたが、その過程で暴力や混乱が伴い、目指した社会の実現には多くの課題を残したのです。このような理由から、革命は「失敗した」と評価されることがある一方で、その理念は後世に大きな影響を与え続けています。