フランス革命とフリーメイソンの関係とは?

フランス革命とフリーメイソンの関係とは?

啓蒙時代のフリーメイソンは自由・平等・友愛の理念を掲げ、多くの革命指導者がその思想に影響を受けていた。直接的な組織関与は議論があるが、理念的共鳴が政治行動や社会改革の推進力につながったのである。本ページでは、フランス革命の思想的背景や国際的思想ネットワークを理解する上で重要なこのテーマについて、さらに詳しく掘り下げ解説していく。

フランス革命について調べていると、「フリーメイソンが関わっていた」とか、「人権宣言の上にフリーメイソンのシンボルがある」なんて話を見かけます。本当にフリーメイソンとフランス革命にはつながりがあったんでしょうか? 陰謀論っぽい話もあるので、史実と噂をきちんと区別して教えてもらえたらうれしいです。



「フランス革命とフリーメイソンの関係」というテーマは、長い間議論の対象になってきました。確かに、革命に関わった著名人の中にはフリーメイソンの会員だった人物もいますし、人権宣言の図版にフリーメイソンのシンボルが描かれていることも事実です。


でも、「フリーメイソンが革命を裏で操っていた」というような陰謀論的な見方には慎重になる必要があります。実際の歴史的関係を丁寧にたどってみましょう。


啓蒙思想の広がりにおいてフリーメイソンは一定の役割を果たしていた

18世紀のフランスでは、王政やカトリック教会に依存しない新しい思想のネットワークが広がっていました。そんな中でフリーメイソンは、哲学者や知識人たちが集まって自由に議論できる「思想のサロン」のような役割を果たしていたんです。


この時代のフリーメイソンには、ルソーやヴォルテールのような啓蒙思想家に共鳴する人物も多く、個人の自由・平等・理性の尊重といった価値観を共有していました。


その意味では、フリーメイソンの思想的な土壌が、革命の精神とある程度重なる部分があったとも言えます。


Masonic Eye of Providence

プロビデンスの目
フリーメイソンリーにおいて広く認識されている象徴、プロビデンスの目。このシンボルは全知の目を表し、しばしば三角形や光輪に囲まれて描かれる。
(出典:Creative Commons Public Domainより)


実際にフリーメイソンの会員だった革命関係者も多い

フランス革命に関わった政治家や思想家の中には、実際にフリーメイソンのロッジ(会員組織)に所属していた人物もいます。たとえば、ミラボー、ラファイエット、デムーラン、ダントンなどがその一例です。


ただし、彼らがフリーメイソンとして行動していたわけではなく、あくまで個人として革命に参加していたことに注意が必要です。ロッジとして革命を指導した証拠はなく、フリーメイソンの存在=政治の黒幕という見方は、後世に広まった誇張や神話の影響が大きいのです。


とはいえ、フリーメイソンが持っていた平等主義的な理想や市民意識が、革命の精神と共鳴したという点は、無視できない要素ですね。


「人権宣言」の図像に見られる象徴的なつながり

1789年に発表された『人間と市民の権利の宣言』の有名な図版をよく見ると、上部に三角形に囲まれた目=「プロビデンスの目」が描かれています。これはキリスト教的な「神の目」であると同時に、フリーメイソンの象徴としても広く知られています。


この図版がなぜそのような意匠になっているのかは明確には分かっていませんが、当時の芸術や思想の中でフリーメイソンの象徴が一般的に用いられていたことは事実です。


つまり、これはフリーメイソンが革命を操作したという証拠ではなく、あくまで当時の象徴文化のひとつとして捉えるのが妥当です。


Declaration of the Rights of Man and of the Citizen

『人間と市民の権利の宣言』/1789年
この絵の上部に、フリーメイソンの象徴ともいわれる「プロビデンスの目」が描かれている。
(出典:Creative Commons Public Domainより)


このように、フリーメイソンとフランス革命の関係は、「直接的な指導者」ではなく、「思想的な背景のひとつ」として位置づけるのが現実的です。


確かに、革命期の重要人物にメイソンが含まれていたことや、象徴が図像に登場することはありますが、それはあくまで当時の思想や文化の反映であり、秘密結社による陰謀ではありません。


つまり、フリーメイソンはフランス革命の「黒幕」ではなく、啓蒙の時代を象徴する思想の一潮流だったという見方が、歴史的にはもっとも説得力があるのです。